膝蓋大腿関節(PF関節)の痛みを扱うとき、議論はたいてい前額面と水平面に集中します。Q角、内側広筋斜走線維、外側支帯のタイトネス、膝蓋骨の外側偏位。
しかし、それらをすべて潰しても変わらない症例があります。
そういうとき、矢状面を見ます。つまり、大腿骨に対して脛骨がどこに座っているか。
この記事は、脛骨の後方偏位(サギング)がPF関節の接触圧を上げる機序と、その評価・介入をまとめたものです。
膝蓋大腿関節症は、思っているより多い
まず前提を確認します。
Hinmanら(2014)は、慢性的な膝蓋大腿部痛を持つ224名に対し、荷重位PA像と**スカイライン像(軸位)**を撮影し、内側・外側PF関節とTF関節をKellgren/Lawrence分類で評価しました。
| 所見 | 割合 |
|---|---|
| PF関節にOAあり | 69% |
| TF関節にOAあり | 45% |
| PF+TF関節の合併 | 44% |
| 孤立性PF関節症 | 25% |
| 孤立性TF関節症 | まれ |
そして注目すべきは年齢です。**50歳未満に限っても、孤立性PF関節症が26%**ありました。
ここで実務上の問題が出ます。正面像だけではPF関節は評価できません。 スカイライン像を撮っていなければ、PF関節症は画像に写りません。
「レントゲンでは異常なしと言われた」という膝痛の中に、PF関節症が相当数まぎれている可能性があります。撮影方向を確認する価値があります。
PF関節にかかる圧は何で決まるか
Reilly & Martens(1972)の古典的な報告です。
| 動作 | PF関節接触力(体重比) |
|---|---|
| 平地歩行 | 約 0.5倍 |
| 階段昇降 | 約 3.3倍 |
| 深いしゃがみ込み | 約 7〜8倍 |
接触力を決めるのは、大きく2つです。
- 大腿四頭筋の張力 — 膝蓋骨は大腿四頭筋腱と膝蓋腱に挟まれています。両端の張力が上がれば、膝蓋骨は滑車に押し付けられます
- 膝屈曲角度 — 屈曲するほど、膝蓋腱と大腿四頭筋腱のなす角が鋭くなり、圧迫成分が増えます
ここから重要な帰結が出ます。
同じ動作でも、大腿四頭筋がより大きな張力を必要とする状態であれば、PF関節の圧は上がります。
サギングが効いてくるのは、まさにここです。
サギングがPF関節の圧を上げる仕組み
サギング(sagging)とは、大腿骨に対して脛骨が後方に落ち込んだ位置を指します。典型的にはPCL損傷で生じます。
なぜPF関節の圧が上がるのか。経路は2つあります。
① 大腿四頭筋の必要張力が増える
脛骨が後方に座ると、脛骨粗面も後方へ移動します。膝蓋腱の走行が変わり、伸展モーメントアームが不利になります。同じ伸展トルクを出すのに、より大きな大腿四頭筋張力が必要になります。
Skyharら(1993)は、屍体膝10体で非荷重下の抵抗伸展を再現し、靭帯を段階的に切離しながら関節接触圧を測定しました。
| 切離 | 結果 |
|---|---|
| PCL単独 | 内側コンパートメント圧が有意に上昇 |
| PCL+後外側複合体 | 膝蓋大腿圧と大腿四頭筋負荷がともに最も顕著に上昇 |
大腿四頭筋の負荷が上がれば、それはそのままPF関節の圧縮力になります。
② 膝蓋骨が滑車に押し付けられる
Gillら(2004)は、屍体膝8体をロボットシステムで駆動し、PCLが健常・不全・再建後の3条件でPF関節接触圧を薄膜センサーで測定しました。屈曲30°・60°・90°・120°で計測しています。
PCL不全では、PF関節のピーク接触圧が健常膝に対して有意に上昇しました。 これは大腿四頭筋400Nの単独負荷でも、大腿四頭筋400N+ハムストリングス200Nの複合負荷でも同様でした。
そして、この研究でいちばん重要なのは次の結果です。
再建を行っても、上昇した接触圧は有意には低下しませんでした。
ここから読み取れることが、臨床的に決定的です。
PF関節の圧を上げているのは「靭帯が切れていること」そのものではなく、その結果として脛骨が後方に座っていることです。
裏を返せば——靭帯が無事でも、脛骨が後方に座っていれば同じことが起こりうる、ということになります。
PCLが無事でも、サギングは起こる
ハムストリングスの停止部を思い出します。
| 筋 | 停止 | 脛骨に対する作用 |
|---|---|---|
| 半腱様筋 | 脛骨近位内側(鵞足) | 後方剪断 |
| 半膜様筋 | 脛骨内側顆後面 | 後方剪断 |
| 大腿二頭筋 | 腓骨頭・脛骨外側顆 | 後方剪断 |
いずれも脛骨近位の後方に付着し、収縮すれば脛骨を後方へ引きます。
通常、この後方剪断力を制動するのがPCLです。しかしPCLが規定しているのは、あくまで可動範囲の限界です。
その範囲の「どこに座るか」を決めているのは、筋の緊張です。
ハムストリングスに持続的な過緊張があれば、脛骨はPCLが健常なままでも、生理的範囲の後方寄りに保持され続けます。
【私見】 PCLが健常でも、ハムストリングスの過緊張によってサギングを呈する症例をしばしば経験します。この関連を直接検証した研究は、私が調べた範囲では見つかっていません。ただしGillらのデータが示しているのは「PCLの状態ではなく脛骨の位置が接触圧を決める」ということなので、機能的なサギングでも同じ方向の負荷が生じると考えています。
なぜハムストリングスが過緊張になるのか
ここを潰さないと、ストレッチをしても次の来院時に同じサギングがあります。
| 背景 | 何が起きているか | 見るところ |
|---|---|---|
| 後方重心 | 前方に倒れないよう、ハムストリングスで引き戻し続けている | 足圧中心、足部に対する骨盤の位置 |
| 大殿筋の不使用 | 股関節伸展をハムストリングス優位で代償している | 腹臥位股関節伸展での筋発火 |
| 骨盤後傾 | ハムストリングスが短縮位で固定される | 座位・立位の骨盤傾斜 |
| 膝屈曲位での常時保持 | 完全伸展を取る機会がない | 立位で膝が伸びきるか、踵接地 |
| 膝の不安定感への防御 | 無意識の同時収縮が続いている | 既往(ACL損傷、半月板)、動作時の恐怖感 |
評価
サギングを見る
| 方法 | 手順 | 見るもの |
|---|---|---|
| ステップオフ | 背臥位、膝90°屈曲。側方から脛骨前面と大腿骨顆の段差を見る | 通常、脛骨高原は大腿骨顆より約1cm前方にある。これが減る/消える |
| サグサイン(Godfrey) | 背臥位、股関節・膝ともに90°で下腿を保持 | 脛骨粗面が健側より落ち込む |
| 大腿四頭筋アクティブテスト | 膝90°で足部を固定し、大腿四頭筋を等尺性収縮させる | 脛骨が前方へ戻れば、後方に座っていた証拠 |
必ず健側と比較します。 段差の絶対量には個人差があるため、左右差で判断します。
前方引き出しテストの偽陽性に注意してください。 脛骨がもともと後方に座っていると、前方に引いたときの移動量が大きく出ます。これを「ACLが緩い」と読んでしまうと、進めるべき方向と真逆の治療になります。
構造的PCL不全と、機能的サギングを分ける
| 構造的PCL不全 | 機能的サギング(私見) | |
|---|---|---|
| 後方引き出しのエンドフィール | 軟らかい/エンドポイント不明瞭 | 硬いエンドポイントがある |
| 外傷歴 | ダッシュボード損傷、膝屈曲位での転倒など | 明確な外傷歴がない |
| ハムストリングスの緊張 | 一定しない | 高い(腹臥位膝屈曲の抵抗感、SLR制限) |
| ハムストリングス弛緩後の再評価 | 変わらない | ステップオフが戻る |
最下段が実務でいちばん使えます。 腹臥位や側臥位でハムストリングスを緩めた直後、背臥位に戻してステップオフを取り直します。戻るなら機能的です。
PF関節症そのものを評価する
Peatら(2012)は、膝痛のある50歳以上745名に3方向撮影(荷重位半屈曲PA・背臥位スカイライン・側面)を行い、臨床所見との対応を検討しました。
| 所見 | 示唆するもの |
|---|---|
| 階段の降段が困難 | 軽度の孤立性PF関節症で、数少ない手がかり |
| 粗い軋轢音(coarse crepitus) | 同上 |
| 著明な腫脹の既往/外反変形/著しい大腿四頭筋筋力低下/膝蓋骨圧迫での疼痛 | 中等度〜重度の孤立性PF関節症 |
| 関節液貯留・骨性肥大・屈曲可動域制限・内外側不安定性・内反変形 | TF関節症の指標 |
最下段の読み方が重要です。
「膝OAらしい所見」が揃わないことを理由にPF関節症を否定するのは、逆向きの推論です。それらはTF関節症の所見であって、PF関節症では揃いません。
ただし正直に書いておくと、Peatらは軽度の孤立性PF関節症は画像上OAなしとほとんど区別できなかった(AUC 0.71)と結論しています。臨床所見だけで確定はできません。
介入
① タオルを用いた脛骨の前方誘導
サギングを認める症例に対して行います。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 肢位 | 背臥位または長座位 |
| 設定 | 丸めたタオル(直径5〜8cm程度)を膝窩に挟む |
| 動作 | タオルを潰さないようにしながら、ゆっくり膝を屈曲していく |
| 意図 | タオルが関節裂隙の後方で支点となり、屈曲に伴って近位脛骨が前方へ押し出される |
| 目安 | 10回×2〜3セット。直後にステップオフを取り直して確認する |
作用は2つの側面から説明できます。
支点として働く: タオルは膝窩、つまり近位脛骨の後方にあります。屈曲していく過程で、そこを支点に近位脛骨が前方へ押し出されます。
後方への流れを止める: 屈曲にはハムストリングスの収縮が伴い、それ自体が脛骨を後方へ引きます。タオルはこれを物理的にブロックします。屈曲のたびに脛骨が後方へ流れるのを防ぐ、と言い換えられます。
なお、膝屈曲では大腿骨顆が脛骨高原上を後方へ転がります(ロールバック)。これは脛骨側から見れば相対的な前方移動です。ハムストリングス優位でサギングのある膝では、屈曲の過程でこの相対関係が出にくくなります。タオルは、それを外から補助していることになります。
その場でステップオフが変わらなければ、その症例のPF関節痛の主因はサギングではありません。 膝蓋骨の外側偏位、足部、股関節など別の要因を見ます。判断を次回に持ち越さないのが大事です。
② ハムストリングスの過緊張を落とし、原因を潰す
- 直接: 腹臥位・側臥位でのリリース、収縮後弛緩
- 原因側: 前掲の表に対応させます。大殿筋が使えていないなら殿筋の再教育、後方重心なら足圧中心の前方移動
【私見】 緩めた直後に①を入れると、脛骨の前方位が保持されやすい印象があります。順序としては「緩める→誘導する→保持できる肢位で使う」を意識しています。
③ 大腿四頭筋、ただし屈曲角度を選ぶ
Culvenorら(2019)は、MOSTコホート1,018名(平均61歳、64%が女性)を84ヶ月追跡し、ベースラインの大腿四頭筋筋力とMRI上の軟骨損傷悪化の関係を検討しました。
| 対象 | 結果 |
|---|---|
| 女性 | 筋力最下位群は最上位群に比べ、外側PF関節の軟骨損傷悪化リスク1.50倍(95%CI 1.03–2.20) |
| 男性 | 有意な関連なし |
| TF関節(内側・外側) | 男女とも有意な関連なし |
PF関節に限れば、大腿四頭筋筋力は構造的予後に関わります。 ただし性差があり、女性で顕著でした。
一方で、大腿四頭筋を鍛えること自体がPF関節の圧を上げます。 ここが難しいところで、実務上の答えは「屈曲角度を選ぶ」ことです。
| 種目 | 膝屈曲角度 | 位置づけ |
|---|---|---|
| セッティング、終末伸展運動 | 0〜30° | 接触圧が小さい範囲。まずここから |
| ミニスクワット | 0〜45° | 疼痛と相談しながら |
| 深いスクワット、ランジ | 90°以上 | 症状のある時期は避ける |
サギングのある症例では、終末伸展そのものが出しにくいことがあります。①で脛骨の位置を整えてから伸展運動に入ると、収縮が入りやすくなります。
④ 荷重量の管理とADL指導
冒頭の表に戻ります。階段の降段1回は、平地歩行の6倍以上のPF関節接触力です。
| 場面 | 指導内容 |
|---|---|
| 階段 | 手すりを使う、一段ずつ降りる、可能なら降段の回数自体を減らす |
| 椅子 | 低い椅子からの立ち上がりを減らす(座面を上げる) |
| 床のものを取る | 膝を深く曲げず、片膝立ちか股関節から折る |
| 正座・和式トイレ | 頻度を確認し、代替手段を用意する |
1日に痛みが出る回数を10回から1回に減らすだけで、経過が変わります。
これは肩関節周囲炎の夜間痛で書いたのと同じ考え方です。運動療法を組む前に、1日のうち何回その関節に痛みを出しているかを数えます。
運動療法のエビデンス
Crossleyら(2015)は、40歳以上で症候性かつX線上のPF関節症を有する92名を対象に、参加者・評価者盲検のRCTを行いました。12週間で8セッションです。
PF関節に的を絞った運動+教育+徒手療法+テーピング vs OA教育単独。
| 時期 | 結果 |
|---|---|
| 3ヶ月 | 「かなり改善した」20/44 vs 5/48。NNT 3(95%CI 2–5)。疼痛VAS 平均差 -15.2mm(95%CI -27.0〜-3.4)。ADL(KOOS)は有意差なし |
| 9ヶ月 | 改善の自己申告・疼痛・ADLとも有意差なし |
読み方を書いておきます。
短期は明確に効きます。 NNT 3は運動療法としてかなり良い数字です。
しかし9ヶ月時点では、教育単独に追いつかれています。 これを「効果がない」と読むのは違うと考えています。12週で終わらせる設計だから戻る、と読んでいます。
【私見】 介入を止めた後どう維持するかまでが設計の範囲だと考えています。特にこの記事の文脈では、サギングを一度戻しても、ハムストリングスが過緊張になる背景(後方重心、大殿筋の不使用)が残っていれば再現します。**セッションを終える条件は「症状が消えたこと」ではなく「自分で戻せる手段を持っていること」**に置いています。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 見落とし | PF関節はスカイライン像がないと写らない。慢性膝蓋大腿部痛ではPF関節症のほうがTF関節症より多い(69% vs 45%) |
| 機序 | 脛骨が後方に座ると、大腿四頭筋の必要張力が増え、PF関節の接触圧が上がる |
| 決定的な知見 | PCL再建でも接触圧は戻らなかった(Gill 2004)。問題は靭帯ではなく位置 |
| 帰結 | PCLが健常でも、ハムストリングス過緊張による機能的サギングで同じ負荷が生じうる(私見) |
| 鑑別 | ハムストリングスを緩めてステップオフが戻るなら機能的 |
| 介入 | 膝窩にタオルを挟んだ屈曲で脛骨を前方誘導。その場で再評価して判断する |
| 落とし穴 | 前方引き出しテストが偽陽性に出る。方向を誤ると治療が真逆になる |
参考文献
- Skyhar MJ, Warren RF, Ortiz GJ, Schwartz E, Otis JC. The effects of sectioning of the posterior cruciate ligament and the posterolateral complex on the articular contact pressures within the knee. J Bone Joint Surg Am. 1993;75(5):694-9.
- Gill TJ, DeFrate LE, Wang C, et al. The effect of posterior cruciate ligament reconstruction on patellofemoral contact pressures in the knee joint under simulated muscle loads. Am J Sports Med. 2004;32(1):109-15.
- Reilly DT, Martens M. Experimental analysis of the quadriceps muscle force and patello-femoral joint reaction force for various activities. Acta Orthop Scand. 1972;43(2):126-37.
- Hinman RS, Lentzos J, Vicenzino B, Crossley KM. Is patellofemoral osteoarthritis common in middle-aged people with chronic patellofemoral pain? Arthritis Care Res. 2014;66(8):1252-7.
- Peat G, Duncan RC, Wood LR, Thomas E, Muller S. Clinical features of symptomatic patellofemoral joint osteoarthritis. Arthritis Res Ther. 2012;14(2):R63.
- Culvenor AG, Segal NA, Guermazi A, et al. Sex-specific influence of quadriceps weakness on worsening patellofemoral and tibiofemoral cartilage damage: a prospective cohort study. Arthritis Care Res. 2019;71(10):1360-5.
- Crossley KM, Vicenzino B, Lentzos J, et al. Exercise, education, manual-therapy and taping compared to education for patellofemoral osteoarthritis: a blinded, randomised clinical trial. Osteoarthritis Cartilage. 2015;23(9):1457-64.
注意事項
本記事はリハビリテーションの一例を紹介するものであり、個別の症状や状況に応じた治療・指導を保証するものではありません。
掲載内容は一般的な例示に基づいており、すべての患者に適用できるわけではないため、実際のリハビリテーションプログラムの策定や実施にあたっては、必ず専門医や理学療法士等の医療専門家と十分に相談の上で行ってください。
なお、本記事の内容に基づく自己判断や独断での実施により生じた事故や健康被害について、当方は一切の責任を負いかねます。
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