アキレス腱断裂術後のリハビリというと、腱の治癒過程・ROM・カーフレイズといった「患部」の話に議論が集中します。
しかし装具装着期間は、術式にもよりますがおおむね6〜8週。この間に何をしていたかで、装具離脱後の立ち上がりは大きく変わります。
特に競技復帰を目指すアスリートの場合、患部外の管理を怠ると**「腱は治ったのに、身体が別人になっている」**という状態に陥ります。
この記事では、装具期の患部外トレーニングを体系的に整理します。
対象読者: 理学療法士・アスレティックトレーナーなど、術後リハビリに携わる専門職
なぜ患部外トレーニングが重要なのか
失われるのは足関節機能だけではない
装具期に低下するものを挙げてみます。
| 要素 | 何が起きるか |
|---|---|
| 全身持久力 | 数週間で顕著に低下。競技復帰時の最大のボトルネックになりやすい |
| 患側近位筋 | 大腿四頭筋・ハムストリングス・殿筋群の廃用性萎縮 |
| 体幹・回旋パワー | 荷重下の動作機会が減り、胸郭〜骨盤の分離が鈍る |
| 体組成 | 消費エネルギー低下に食事量が追随せず、体脂肪が増加 |
| 競技スキル | ボール感覚・シュートタッチなどの微細な感覚 |
腱の治癒は生物学的な時間軸に従いますが、これらは介入次第で維持できます。
介入しなければ、「治癒を待つ間に失った分」を復帰後に取り戻す作業が追加されるだけです。
交叉教育効果(cross-education)
健側の高強度トレーニングが、患側の筋力低下を抑制する現象です。神経系を介した効果とされ、患部に直接介入できない時期の選択肢として価値があります。
GreenとGabrielは、若年者・高齢者・患者群を含めたメタアナリシスで、片側性トレーニングによる対側の筋力向上を報告しています(Physical Therapy Reviews, 2018)。
装具期は健側の下肢トレーニングを「ついで」にせず、独立した処方項目として組むべきです。
装具期の3つの落とし穴
患部外メニューを組む前に、この3点を押さえておかないと種目選択を誤ります。
① 脚長差
装具はヒールウェッジとロッカーソールにより、健側より2〜4cm高い状態です。
この左右差のまま荷重種目を増やすと、腰部・仙腸関節・健側膝に負担が集中します。
荷重下のトレーニングを解禁する前に、健側の靴にリフトを入れて高さを揃えてください。 日常歩行も同様です。ウェッジを抜いていく過程では、その都度調整が必要になります。
② ロッカーソールによる不安定性
装具の底面は湾曲しているため、そのまま立位種目を行うと接地面が安定しません。
高重量が扱えないだけでなく、ふらつきの立て直し動作そのものがリスクになります。
装具の下に平らなプレートや板を敷いて、ロッカー形状を無効化する。 この一手間で扱える負荷が変わります。
③ レバーアームとしての装具重量
装具は数百グラムから1kg以上あり、下肢というロングレバーの遠位端に付いています。
デッドバグや両脚レッグレイズでは、この重量が腰椎への外的トルクとして働きます。健常者と同じ設定で処方すると腰部を痛めます。
患側は膝屈曲位にしてレバーを短くするなどの調整を行ってください。
原則:何を避け、何を選ぶか
判断基準はシンプルです。
避けるべき動作
- 前足部への荷重(修復部に底屈方向の抵抗がかかる)
- 足関節背屈位での支持
- とっさの踏ん張りが必要な不安定条件
選ぶべき動作
- 踵〜中足部で荷重が完結する種目
- 足部が接地しない、または固定されている種目
- 動作速度と方向が予測可能な種目
この基準さえ持っていれば、手持ちの種目を自分で仕分けられます。 以下のメニューも、この基準の適用例として読んでください。
部位別メニュー
① 健側下肢(交叉教育を狙う)
| 種目 | ポイント |
|---|---|
| 片脚カーフレイズ | 高負荷で。 患側の下腿筋力低下抑制を狙う |
| 片脚スクワット | 荷重下の主要種目 |
| 片脚RDL | ヒンジパターンの維持 |
| ステップアップ | 健側のみ |
② 患側近位筋
| 種目 | ポイント |
|---|---|
| 座位ニーエクステンション | 足関節が完全に非関与 |
| レッグカール | 同上 |
| バランスボールでエキセントリックカール | 下記参照 |
| 腹臥位股関節伸展 | 膝屈曲90°でハムストリングスを抑制し、殿筋を狙う |
| 側臥位股関節外転 | 装具重量がレバーになるため負荷設定に注意 |
バランスボールでエキセントリックカール
- 背臥位で、両踵をバランスボールに乗せます
- 殿部を持ち上げてブリッジ姿勢を作ります
- 踵でボールを引き寄せて膝を屈曲し、ゆっくり伸ばして戻します
戻す局面がエキセントリックです。 ここをゆっくり行うことに意味があります。
荷重が踵で完結するため、前述の基準を満たします。ハムストリングスは復帰後の減速・切り返しで働く筋なので、この時期に落とさずに済ませておきたい部分です。
設備があれば、大腿部への低負荷BFR(血流制限)トレーニングが萎縮抑制に有効です。
③ 殿筋群
装具期は殿筋を鍛える絶好の機会です。 踵駆動の種目が多く、足関節への負荷を避けやすいためです。
| 種目 | ポイント |
|---|---|
| 45°バックエクステンション | 最優先。 足部はパッドに引っ掛けるだけで足関節負荷ゼロ。股関節外旋位+骨盤後傾で大殿筋にバイアス |
| ヒップスラスト | 装具の下にプレートを敷く。両脚バーベルで高負荷可 |
| リバースハイパー | 設備があれば最優先級。腰椎の牽引効果も |
| ケーブルプルスルー・RDL | 踵重心を徹底 |
膝上にバンドを置いて外旋要素を加えると、復帰後のカッティング動作につながります。
除外: スプリットスクワット、ランジ、ステップアップ(患側)。いずれも前足部への荷重が入ります。
④ 体幹
機能カテゴリで整理します。
抗伸展
- アブローラー(膝つき) — 足部が完全に非関与。立位版は前足部接地のため除外
- デッドバグ — 患側は膝屈曲位でレバー短縮
- ハンギングレッグレイズ — 装具重量が加重として働き、負荷は十分
抗回旋
- バードドッグ(足を浮かせて実施) — 下記参照
- パロフプレス(座位/ハーフニーリング)
- ケーブルチョップ・リフト
抗側屈
- サイドプランク(下側膝屈曲版) — 通常版は足部外側縁支持のため除外
- スーツケースキャリー — 補高の実施が前提
回旋パワー
- メディシンボール・ローテーショナルスロー(座位/ニーリング)
バードドッグは、足を浮かせて行います
- 四つ這いになります
- 対角の手と脚を、同時に浮かせて伸ばします
- 体幹が回旋しないよう保ちます
通常のバードドッグは、支持側のつま先を床につけて行います。この時期はそこが問題になります。
足を浮かせれば、患側の前足部が接地しません。 つま先支持のフロントプランクを除外するのと同じ理由で、ここも接地を外します。
体幹の抗回旋と、股関節伸展を腰椎伸展で代償していないかを見てください。腰が反る、骨盤が傾くなら、そこが上限です。
回旋パワーは装具期に落ちやすく、かつ復帰後の投球・シュート・パスに直結します。下肢からの伝達は使えなくても、胸郭〜骨盤の分離と加速能力は維持できます。週2回は確保したい項目です。
除外: つま先支持のフロントプランク、マウンテンクライマー、立位アブローラー、通常のサイドプランク。
⑤ 有酸素能力(最も抜けやすい)
| 手段 | 実施時期 |
|---|---|
| 上肢エルゴメーターHIIT(30秒×8〜10本) | 術直後から |
| 片脚エルゴメーター(健側のみ、20〜30分) | 術直後から。全身持久力の維持効果が高い |
| 深水ランニング(フローテーションベルト着用) | 創部上皮化後 |
| プールでの上半身運動 | 創部上皮化後 |
競技復帰の遅れは、腱の問題より心肺機能の問題であることが少なくありません。
⑥ 競技スキル・その他
- 座位でのボールハンドリング、フォームシューティング
- 戦術映像の視聴、意思決定トレーニング
- 体組成管理(この時期の体脂肪増加は復帰を遅らせます)
- DVTリスクの継続的チェック
- 健側の過負荷モニタリング(アキレス腱・膝蓋腱・腰部)
負荷設定の考え方
「重量」ではなく「動作の質」で判断する
装具期の律速因子は組織耐性ではなく姿勢制御です。
修復部が耐えられる負荷より、ふらつきの立て直しで足関節戦略が出るかどうかのほうが先に問題になります。
以下がクリアできていれば漸増して構いません。
- 全レップで足圧が踵〜中足部に留まる(前足部へ逃げない)
- 立て直しのための足関節戦略が出ない
- セット間で腰部の疲労感が残らない
- 患側への荷重回避(健側への逃げ)が起きていない
受傷前比で現在地を把握する
アスリートの場合、受傷前の使用重量を聴取しておくと処方の精度が上がります。
| 段階 | 目安 |
|---|---|
| 導入 | 受傷前の40〜50% |
| 装具期の上限 | **65〜70%**程度 |
それ以上は失敗レップやふらつきの確率が上がるため、量(セット数)で刺激を稼ぐ方針に切り替えます。
症例:大学バスケットボール選手(男性・術後8週・全荷重)
実際の処方例です。
開始時の実施内容
片脚上げ腕立て伏せ、クラムシェル、レッグレイズ。
競技レベルの選手に対して負荷が明らかに不足していました。 廃用予防にはなっても、筋力・持久力の維持には届きません。
修正後
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 補高 | 健側の靴にリフト(最優先で実施) |
| 殿筋 | 45°バックエクステンション、ヒップスラスト(プレート敷設) |
| 後面連鎖 | 両脚RDL 50〜60kgから導入(受傷前120kg)、週10kg漸増、上限80〜85kg |
| 体幹 | ハンギングレッグレイズ、パロフプレス、MBローテーショナルスロー |
| 有酸素 | 深水ランニング、上肢エルゴHIIT、片脚エルゴ |
| 健側 | 片脚カーフレイズ、片脚スクワット |
腕立て伏せは、患側を接地側にすると足関節背屈+前足部荷重になります。患側を台に載せるか、下腿を接地させる形に修正しました。
まとめ
装具期は「待つ時間」ではなく「積み上げる時間」です。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 先に処理する | 脚長差・ロッカーソール・装具重量の3つ |
| 選択の基準 | 前足部荷重を避ける。 それさえ守れば選べる種目は多い |
| 抜けやすい要素 | 有酸素能力と回旋パワー。 復帰の遅れに直結する |
| 負荷の判断 | 重量ではなく動作の質 |
| 健側の扱い | 「ついで」にせず、独立した処方項目として組む |
患部が動かせない時期にどれだけ積めるか。それが装具離脱後のスピードを決めます。
参考文献
Green, L. A., & Gabriel, D. A. (2018). The effect of unilateral training on contralateral limb strength in young, older, and patient populations: a meta-analysis of cross education. Physical Therapy Reviews, 23(4), 238–249. doi:10.1080/10833196.2018.1499272
注意事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為や診断・治療の代替ではありません。
術式やプロトコルにより制限は大きく異なります。 荷重の可否、装具の設定、運動の開始時期は、必ず主治医および担当理学療法士の指示に従ってください。
本記事の内容を自己判断の根拠としないでください。実施中に痛みや異変が生じた場合は直ちに中止し、医療機関にご相談ください。
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