理学療法士の臨床実習指導|成功体験は偶然ではなく設計できる

6月から8月まで、臨床実習のスーパーバイザー(SV)を担当しました。

実習の終わりに、その学生から「ここに応募したい」と言ってもらえました。採用は目的ではありませんでしたが、SVとしてはひとつの成功体験だったと思っています。

何が効いたのかを、忘れないうちに整理しておきます。

対象読者: 臨床実習の指導に関わる理学療法士、これからSVを担当する方


制度の話は充実していて、関係の話は空いている

記事を書く前に、この領域が検索でどう扱われているかを見ました。

検索した語 出てくる関連語
実習指導者 理学療法士 要件、研修、資格、協会
バイザー 実習 うざい、怖い、合わない、連絡先

指導者側から検索されているのは、制度と要件です。学生側から検索されているのは、関係の悩みです。

前者はすでに情報が揃っています。後者は、学生の側からしか語られていません。

指導者が何をどう考えて組み立てるか、という部分が抜けています。この記事はそこを書きます。


軸は1つ、成功体験を積ませる

3か月を通して、意識していたのはこれだけです。

理屈もあります。Bandura(1977)は自己効力感の源を4つに整理しましたが、そのうち最も強いのは「制御体験」、つまり自分でやってできたという経験だとしています。他人の成功を見ることでも、言葉で励まされることでもありません。

つまり、「頑張れ」も「見て学べ」も、順位としては下だということです。

問題はここからです。

実習生は知識も技術も足りません。放っておくと、成功体験は起きません。 失敗と指摘だけが積み上がります。

だから設計します。

操作できるレバーは3つあると考えています。

レバー 何を操作するか
課題 知識がなくても価値を出せる課題を渡す
反復 1人では学べないものに、人数を当てる
相手 実習生がすでに持っている強みが効く患者に当てる

以下、それぞれ具体的に書きます。


① 課題:問診を深めてもらう

患者とのコミュニケーションに課題がある実習生には、まずこれを渡しました。

なぜ問診なのか

知識がなくても、聞けば情報が増えるからです。

評価も治療も、技術の不足がそのまま成果の不足になります。しかし問診は違います。技術の不足が成果を止めない、数少ない領域です。

だから最初の成功体験を作る場所として適しています。

何を聞いてもらうか

問い 何が出てくるか
どんな時に痛みますか 疼痛の再現条件。評価の入口になる
ご趣味は何ですか 目標設定の材料。生活の中の負荷
運動習慣はありますか 現在の活動量。処方の前提
どんな生活をされていますか 反復動作、姿勢、職業
一番困ることは何ですか 主訴と、本当の困りごとのズレ

最下段が効きます。

「肩が痛い」と「洗濯物が干せない」は、別の情報です。前者からは治療方針が出ませんが、後者からは出ます。

拾ってきた情報を、必ず言葉にする

ここが実際の要点です。

実習生が持ち帰った情報で、こちらの評価や方針が変わることがあります。そのとき、変わったことを必ず口に出して伝えます。

「今の話でこっちの見方が変わった。〇〇を先に診ることにする」

情報を集めさせるだけでは、作業になります。それが治療を変えたと分かった瞬間に、制御体験になります。

【私見】 実習生が黙って記録だけしている状態が続くと、本人の中で「言われたことをやっている」以上にはなりません。拾ってきたものが実際に何かを動かした、という接続を毎回作るようにしていました。


② 反復:エンドフィールは人数でしか学べない

SLR(下肢伸展挙上)でハムストリングスをストレッチするとき、患者によってエンドフィールの感覚がまったく違います。

これを伝えて、実際にいろいろな患者で経験してもらいました。

正直に書いておくこと

ここは、都合の悪い事実から書きます。

van Trijffelら(2010)は、下肢関節の他動運動の検者間信頼性を系統的レビューで検討しました。17研究のうち、許容できる信頼性を示したのは5研究です。そして、

エンドフィールの測定は、股関節・膝関節のすべての運動で信頼性がなかった。

と報告しています。

つまり、「正しいエンドフィール」を教えることはできません。 私が感じたものと実習生が感じたものが一致する保証は、そもそもありません。

では何を教えるのか

違いの知覚のほうです。

できないこと できること
正しいエンドフィールを判定させる この人とこの人は違う、と感じ取らせる
言葉で正解を伝える 手を当てさせて、比較させる
1人の患者で学ばせる 人数を当てる

絶対値の判定は、検者間で一致しません。しかし同じ人の中での比較なら、感覚として成立します。

だから聞き方はこうなります。

「今の人、さっきの人と比べてどうだった?」

比較なら答えられます。絶対値は答えられません。

実習生が「さっきの人より硬かったです」「途中で急に止まる感じでした」と言葉にできたら、それが成功体験です。正解かどうかは、この段階では問いません。

数を用意するのがSVの仕事

これは実習生の努力では解決しません。比較対象を用意できるのは、担当を割り振れる側だけです。

同じ日に何人か触らせる。同じ手技を、違う患者で繰り返させる。ここは意図的に組みました。


③ 相手:既存の強みが効く患者に当てる

3つ目が、いちばん効いた実感があります。

学生の患者を担当してもらう

理由は2つあります。

年齢が近いので、話しやすい。 問診も指導も、関係ができていれば通りやすくなります。

そしてもう1つ。体幹トレーニングなどは、実習生自身にスポーツ経験があることが多く、指導のポイントが体感として分かっています。

これは知識ではありません。実習生がすでに持っている資産です。

難易度を下げているのではない

ここは区別しておきたいところです。

課題そのものを易しくしているわけではありません。実習生の持ち駒が使える場面を選んでいるだけです。

実習生が持っているもの それが効く相手
年齢が近い 学生、若年の患者
競技経験 スポーツ愛好者、体幹トレーニングの指導
学校で習ったばかりの解剖 説明を求める患者
患者と共通の趣味 その趣味を持つ患者

最下段のために、実習の初日に実習生の背景を聞いておきます。 何をやっていたか、何が好きか。あとで配置に使えます。

難易度は下げていません。成功する確率だけを上げています。


肩の患者で、枠を壊してもらう

運動療法と徒手療法も経験してもらいました。そのなかで意図的に見せたことがあります。

肩関節の患者では、骨盤後傾位や胸椎後弯位が痛みに関わっている場合があります。

実習生の頭のなかには、たいてい「肩の疾患=肩の問題」という枠があります。学校ではそう習うためです。

そこで、座位で骨盤を起こして、もう一度挙上してもらいます。

その場で変われば、説明はいりません。

言葉で「全身を診なさい」と言っても入りませんが、手を当てて変化を出せば、枠のほうが壊れます。これも成功体験の一種だと考えています。自分の手で変化を出したという経験になるためです。

関連する内容は、こちらにまとめています。


新人教育とは、順序が逆になります

以前、新人教育の記事を書きました。あちらとこちらは、原則は同じで順序が逆です。

新人 実習生
期間 年単位 数週間
最初に渡すもの 材料を渡して、自分で決めさせる 先に成功体験。判断は後
理由 判断の反復が仕事そのもの 判断材料が絶対的に足りない

新人には「どうしたらいいと思う?」を先に聞けます。実習生には聞けません。まだ答えを作るための材料を持っていないからです。

実習では、まず「できた」を作ります。考えさせるのはその後です。

→「理学療法士の新人教育|指示せずに変わってもらうための順序


私見

【私見】 サンプルは1人です。効いたと思っているだけかもしれません。この3か月でやったことが、別の実習生に同じように機能する保証はありません。

ただ、意識してやったのは上の3つでした。課題を選び、人数を用意し、配置を考える。 どれも実習生の努力ではなく、こちら側で操作できる変数です。

「応募したい」と言ってもらえたことについては、採用が目的ではありませんでした。結果として起きたことです。 新人教育の記事で書いたとおり、関わり方はそのまま相手に伝播します。実習生が働きたいと思うかどうかは、こちらが何を見せたかの反映なのだと思います。


まとめ

論点 内容
成功体験を積ませる。自己効力感の源として最も強いのは制御体験(Bandura 1977)
前提 実習生は知識も技術も足りない。放っておくと成功体験は起きない
レバー① 課題 問診。技術の不足が成果を止めない数少ない領域
課題の要点 拾ってきた情報が治療を変えたことを、口に出して伝える
レバー② 反復 エンドフィールは検者間信頼性が低い(van Trijffel 2010)
反復の要点 絶対値ではなく違いを知覚させる。「さっきの人と比べてどう?」
レバー③ 相手 実習生の既存の資産が効く患者に当てる。難易度は下げない
配置の準備 初日に背景を聞いておく。競技歴、趣味
新人教育との違い 実習は成功体験が先、判断は後。新人は逆

3つとも、実習生の努力ではなく指導者側で操作できる変数です。そこが、この整理でいちばん言いたいところです。


参考文献

  • Bandura A. Self-efficacy: toward a unifying theory of behavioral change. Psychol Rev. 1977;84(2):191-215.
  • van Trijffel E, van de Pol RJ, Oostendorp RA, Lucas C. Inter-rater reliability for measurement of passive physiological movements in lower extremity joints is generally low: a systematic review. J Physiother. 2010;56(4):223-35.

注意事項

本記事は、臨床実習指導について私自身が経験したことを整理したものです。特定の養成校や実習形態を前提としたものではなく、指導方法を推奨するものでもありません。

実習の運営、評価、単位認定については、養成校の定める要領および所属施設の方針が優先されます。実習指導者の要件や研修については、日本理学療法士協会および各養成校の規定をご確認ください。

記載した内容は、担当した1名の実習生についての経験に基づくものです。一般化できる根拠はありません。


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