理学療法士の新人教育|指示せずに変わってもらうための順序

テストに何度も落ちる新人がいます。

こちらから「この参考書のここをやりなさい」と指示すれば、次は受かるかもしれません。でもそれは、指示がある間だけです。

自発的にやらなければ意味がない。だから「受かるためにどうしたらいいと思う?」と本人に聞いて、出てきた答えを実践してもらう。

この方針は正しいと考えています。ただし、そのまま聞くだけでは落ち続けます。

この記事は、その間を埋める順序をまとめたものです。

対象読者: 新人教育・実習指導に関わる理学療法士、作業療法士、その他の医療職


「指示しない」が正しい理由

自己決定理論(self-determination theory)を医学生で検証した研究があります。

WilliamsとDeci(1996)は、医療面接のコースを受講する医学部2年生を30ヶ月間追跡しました。

指導者を「自律性支持的だ」と感じた学生ほど、学習が自律的になりました。 そして、そこから先が重要です。

変化 時点
学習が自律的になる 20週
知覚された有能感が上がる 20週
生物心理社会的な信念が強まる 20週
模擬患者に対して、自分も自律性支持的に関わるようになる 6ヶ月後
その信念が持続している 2年後

3行目までは想像がつきます。問題は4行目です。

指導の仕方は、その新人が患者にどう関わるかに伝播します。

指示されて育った新人は、患者にも指示を出します。「これをやってください」と。自分で決める経験をしていないので、患者に決めてもらうという発想が出てきません。

「指示して受からせる」は、目先の合格と引き換えに、その先を失う可能性があります。

先生の方針が正しいのは、単に「そのほうが身につくから」ではありません。臨床そのものが変わるからです。


しかし「聞くだけ」では落ち続ける

ここからが本題です。

KirschnerとSweller、Clark(2006)は、初学者に最小限のガイダンスしか与えない指導は機能しないと論じました。理由は単純です。

初学者は、自分が何を分かっていないかが分からないからです。

だから「どうしたらいいと思う?」だけを投げると、返ってくる答えはだいたい決まっています。

  • 「もっと勉強時間を増やします」
  • 「もう一回、教科書を読み直します」
  • 「次は頑張ります」

そしてまた落ちます。

さらに悪いことに、自分で決めた方法で落ちるので、今度は「自分は勉強しても駄目なんだ」という結論になります。有能感まで削れます。

自律性を尊重したはずが、逆の結果になる。ここが落とし穴です。

新人が自分で選ぶ方法は、たいてい外れている

なぜ「読み直します」と答えるのか。手応えがあるからです。

RoedigerとKarpicke(2006)の実験が、これを直接扱っています。学生に散文を学習させ、その後再学習するか、**テスト(フィードバックなし)**を受けるかに分け、最終的な保持を測りました。

最終テストまでの間隔 優れていた方法
5分後 再学習
2日後 テスト
1週間後 テスト

そして、この研究が示したもう一つの結果があります。

再学習は、「覚えられている」という自信を高めました。 実際の保持は低いにもかかわらず。

再読は「できる感」を上げるが、定着は上げません。

新人が自分で方法を選べば、ほぼ再読になります。やっている最中の感触が一番いいからです。 そして落ちる。

これが「聞くだけ」の限界です。方針が悪いのではなく、判断材料を持たない人に判断させていることが問題です。


自律性支持と構造は、対立しない

ここを解くのが、JangとReeve、Deci(2010)の研究です。

自律性支持(autonomy support)と構造(structure)は、独立した次元です。 トレードオフではありません。そして両方が高いときに、最も学習への関与が高まりました。

構造が低い 構造が高い
自律性支持が高い 放任 ここを目指す
自律性支持が低い 無関心 統制

つまり、こういうことです。

「指示しない」の反対は「放任」ではありません。

指導者が渡すのは構造 — 材料、選択肢、枠組み、期限。
新人が決めるのは方法と中身

この線引きができれば、先生の方針を保ったまま、合格率を上げられます。


実際の順序

7段階に分けます。順序を入れ替えると効きません。

① 材料を渡す

「どうしたらいいと思う?」の前に、なぜ落ちたかを本人が正確に見られる材料を渡します。

渡すもの なぜ必要か
分野別の失点 「全体的にダメ」を「どこがダメ」に変える
時間内に手をつけていたか 知識不足なのか時間配分なのかが分かれる
間違え方の種類(惜しい/白紙/勘違い) 対策がまったく変わる

ここは指導者の仕事です。 採点結果の内訳は、新人には見えません。

「白紙が3問」と「惜しい間違いが8問」では、必要なことが正反対です。前者は知識の量、後者は精度の問題です。

② 原因を本人に言語化させる

「なぜ落ちたと思う?」

ここで答えを言わないでください。 沈黙が続いても待ちます。

10秒待つと決めておくと耐えられます。ほとんどの指導者は3秒で埋めてしまいます。

③ ズレていたら、事実で返す

自己診断が外れていることは珍しくありません。否定ではなく、材料で返します。

新人の答え 返し方
「時間が足りませんでした」 「第2問は時間内に書けてたよね。それはどう見る?」
「勉強不足でした」 「何時間やった? その時間で何をしてた?」
「緊張してしまって」 「同じ問題、今ここで解けそう?」

最後の質問が使えます。 今解けるなら本番での出力の問題、解けないなら知識の問題。その場で切り分けられます。

「緊張」で片づけて対策を練習の量に振ると、まず外れます。

④ ここで初めて聞く

「じゃあ、受かるためにどうしたらいいと思う?」

①〜③を経てから聞くと、答えの質が変わります。

⑤ 方法は「指示」ではなく「選択肢」で渡す

再読を選んだら、ここで初めて情報を出します。

「読み直すのと、何も見ずに白紙に書き出すの、どっちが1週間後に残ると思う?」

「実は、読み直しのほうが『できる感』は出るんだけど、時間が経ったときに残るのは書き出すほうっていうデータがあるんだよ。試してみる?」

指示していません。 情報を渡して、選ぶのは本人です。

これが「構造」の中身です。 自律性支持を保ったまま、判断材料だけを足しています。

⑥ いつ・何を・どれだけ、まで本人に決めさせる

「復習します」は実行されません。

GollwitzerとSheeran(2006)のメタアナリシスは、「いつ・どこで・どうやるか」を事前に決めておくと目標の達成率が上がることを示しました(実行意図、implementation intention)。

実行されない 実行される
「復習します」 「明日の始業前に、昨日の範囲を白紙に書き出す」
「頑張ります」 「金曜の昼休みに、自分で作った10問を解く」
「毎日やります」 「帰りの電車で、その日に見た症例を1つ書く」

時間も場所も、本人に言わせてください。 こちらが埋めた瞬間、指示に戻ります。

⑦ 次に確認する日を、本人に決めさせる

「いつ確認する?」

日付を本人が言えば、それは約束になります。こちらが決めれば、それは締切です。同じ日付でも意味が違います。


やってはいけない関わり

統制的な関わり 何が起きるか 代わりに
教材とページを指定する 試験が終われば消える 選択肢を2つ出して選ばせる
落ちた理由を先に説明する 考える機会を奪う 先に聞く
他の新人と比較する 有能感が下がる 前回の本人と比べる
期限だけを厳しくする 表面的な暗記に逃げる 期限は枠、中身は本人
沈黙を埋める 答えを待てていない 10秒待つ
「なんで分からないの」と聞く 原因ではなく防御を引き出す 「どこまで分かった?」

最後の行は言い換えの問題に見えますが、返ってくるものが違います。「なんで」は理由ではなく言い訳を引き出します。


それでも落ち続けるとき

ここまでやっても変わらない場合があります。

能力や意欲の問題と結論づける前に、環境要因を潰したか確認してください。

確認すること 具体的に
時間 残業、持ち帰り、通勤。物理的に確保できているか
体調・睡眠 生活リズム、休日の使い方
業務量 担当患者数、記録の量、雑務
試験そのものの妥当性 その試験は、本当に臨床能力を測っているか

最後の行は、指導者側の問題です。

試験が臨床と無関係な暗記を問うているなら、落ちているのは新人の問題ではありません。 「毎年ここで落ちる人が出る」なら、まず試験を疑う価値があります。

そして、もう一つ。

学習の仕方に一貫した困難があり、工夫を重ねても届かないことがあります。ここは指導者が判断してよい範囲を超えます。 決めつけず、組織の相談窓口や産業保健につなぐ選択肢を持っておいてください。


私見

【私見】 私が一番効いたと感じているのは、②で黙って待つことです。

材料を渡して質問した後、こちらが答えを言ってしまうと、①〜③がすべて無駄になります。相手が考えている数秒が、指導者にとっては非常に長く感じられます。そこを埋めないことが、実際にはいちばん難しいところだと思っています。

また、この順序は「合格させる」ためだけのものではありません。この関わり方をされた新人は、患者にも同じ関わり方をします。 Williamsらのデータが示したのはそこです。試験は、その練習台という位置づけで見ています。


まとめ

論点 内容
指示しない理由 指導の仕方は、その新人が患者にどう関わるかに伝播する(Williams & Deci 1996)
聞くだけの限界 初学者は何が分かっていないかが分からない(Kirschner et al. 2006)
新人が選ぶ方法 ほぼ再読になる。手応えがあるため。だが定着しない(Roediger & Karpicke 2006)
解決 自律性支持と構造は対立しない。両方高いのが最良(Jang et al. 2010)
線引き 指導者は構造を渡す。新人は方法を決める
順序 材料 → 原因を聞く → 事実で返す → ここで初めて聞く → 選択肢を渡す → 実行意図まで決めさせる → 確認日を決めさせる
いちばん難しいこと 沈黙を埋めないこと
落ち続けるとき 環境要因と試験そのものの妥当性を先に疑う

「自発的にやらなければ意味がない」という前提は、そのままで正しいと考えています。足りないのは、本人が自分で正しく判断するための材料です。


参考文献

  • Williams GC, Deci EL. Internalization of biopsychosocial values by medical students: a test of self-determination theory. J Pers Soc Psychol. 1996;70(4):767-79.
  • Kirschner PA, Sweller J, Clark RE. Why minimal guidance during instruction does not work: an analysis of the failure of constructivist, discovery, problem-based, experiential, and inquiry-based teaching. Educ Psychol. 2006;41(2):75-86.
  • Roediger HL, Karpicke JD. Test-enhanced learning: taking memory tests improves long-term retention. Psychol Sci. 2006;17(3):249-55.
  • Jang H, Reeve J, Deci EL. Engaging students in learning activities: it is not autonomy support or structure but autonomy support and structure. J Educ Psychol. 2010;102(3):588-600.
  • Gollwitzer PM, Sheeran P. Implementation intentions and goal achievement: a meta-analysis of effects and processes. Adv Exp Soc Psychol. 2006;38:69-119.

注意事項

本記事は、新人教育に関する一般的な考え方を、教育心理学の研究をもとに整理したものです。特定の個人の評価や処遇について助言するものではありません。

学習や業務遂行に継続的な困難がみられる場合、その背景は多様です。指導方法の工夫だけで対応すべきものと、そうでないものがあります。 個別の判断は、所属組織の規程および産業保健・人事の担当部署とご相談ください。


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