肘の屈曲制限に対して、後方の組織を伸ばす。それでも変わらない。
このとき確認したいことがあります。その制限は「硬くて曲がらない」のか、「痛くて止めている」のか。
見た目はどちらも屈曲制限です。ただし原因が違えば、やることも変わります。
この記事では、尺骨神経を軸に整理します。
対象読者: 理学療法士・作業療法士など、肘関節のリハビリに携わる専門職
まず、硬さなのか痛みなのかを分ける
他動で屈曲していったとき、どこで止まるか。
- 抵抗を感じて止まる(硬さ)
- 抵抗の前に、患者さんが止める(痛み)
後者であれば、可動域そのものよりなぜ痛いのかを先に考える必要があります。伸張を続けても、痛みが減らなければ可動域は出ません。
そして肘では、その痛みの出どころが尺骨神経であることがあります。
carrying angleが大きいと、尺骨神経は最初から引かれている
carrying angleとは
肘を伸展・前腕回外位にしたとき、上腕の長軸に対して前腕は外側へ向きます。この角度がcarrying angleです。
一般に男性で約5〜10°、女性で約10〜15°とされ、これを大きく超えたものが外反肘です。
外反が大きいほど、内側は引き伸ばされる
尺骨神経は肘の内側を通ります。肘部管を通過する経路です。
前腕が外側へ向くということは、肘の内側の距離が長くなるということです。carrying angleが大きい症例では、安静時点ですでに尺骨神経が伸張されています。
そこへ屈曲が加わる
肘を屈曲すると、肘部管はさらに狭くなり、尺骨神経は伸張されます。屈曲位で尺骨神経の症状が出やすいのはこのためです。
つまりこういう構図です。
carrying angle が大きい
↓
安静時から尺骨神経が伸張されている
↓
肘を屈曲すると、さらに伸張される
↓
痛みで屈曲を止める
↓
「屈曲制限」として現れる
関節が硬いのではなく、神経が痛いから曲げられていない。 この状態で後方組織のストレッチを続けても、目的の可動域には届きません。
Struthers arcadeの拘縮
もうひとつ、尺骨神経の通り道で問題になる部位があります。
どこにあるか
Struthers arcade(ストラザースアーケード) は、内側上顆の約8cm近位にあるとされる腱様のアーチです。内側筋間中隔と上腕三頭筋内側頭の筋膜によって作られます。
尺骨神経はここを通過します。肘部管より近位にある絞扼部位です。
肘部管症候群として扱われる症例でも、絞扼部位が肘部管ではなくここにあることがあります。肘部管だけを見て変化がなければ、近位も確認してください。
名前の似たStruthers靭帯は別の構造です。上腕骨顆上突起と内側上顆を結び、絞扼されるのは正中神経です。混同しやすいので分けて覚えてください。
なぜ屈曲で問題になるか
肘を屈曲するとき、尺骨神経は前方へ移動します。神経は伸びるだけでなく、周囲を滑って位置を変えます。
Struthers arcade周囲が拘縮していると、この滑走が起こりません。 動けない神経を屈曲で引くことになるため、痛みが出ます。
carrying angleの問題と重なると、条件はさらに厳しくなります。
治療
内反方向へ誘導しながら屈曲する
これが要点です。
内反は、carrying angleを減らす方向です。つまり肘の内側の距離を短くする方向であり、尺骨神経のテンションを下げる方向でもあります。
肘を軽く内反方向へ誘導しながら、屈曲を進めます。
神経を緩めた状態で屈曲するので、痛みが出にくくなります。痛みが出なければ、患者さんは止めません。可動域を稼ぐのではなく、痛みを出さずに屈曲を経験させるという発想です。
Struthers arcade周囲の拘縮が疑われる症例では、特にこの誘導が効きます。
後方関節包へのアプローチ
肘の屈曲には、後方の組織が伸張されることが必要です。後方関節包の伸張性は直接そこに効きます。
用いるのは離開(distraction)方向のみです。前方・後方への滑りは加えません。
腕尺関節は骨性の適合が高い関節です。関節面を離すこと自体が、後方関節包へ届かせる手順になります。
評価
- 他動屈曲の終末感:抵抗で止まるか、痛みで止まるか
- carrying angle:伸展・前腕回外位で計測。左右差も見る
- 屈曲位での症状の変化:屈曲を保持して尺骨神経領域のしびれが出るか
- 内反誘導で屈曲したときの差:痛みが減り、可動域が変わるなら神経の関与を疑う
- Struthers arcade周囲の圧痛:内側上顆の約8cm近位
内反誘導で変わるかどうかは、評価と治療を兼ねます。ここで反応があれば、以降の方針が決まります。
まとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| まず分ける | 硬さで止まるのか、痛みで止めているのか |
| carrying angle | 大きいほど尺骨神経は安静時から伸張 |
| 屈曲の影響 | 肘部管が狭くなり、さらに伸張される |
| Struthers arcade | 内側上顆の約8cm近位。屈曲時の神経の滑走を妨げる |
| 治療の要点 | 内反方向へ誘導しながら屈曲する |
| 関節へのアプローチ | 後方関節包へは離開方向のみ。滑りは加えない |
肘の屈曲制限を「後方が硬い」で片づけず、なぜ止めているのかまで降りると、打つ手が変わります。
注意事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為や診断・治療の代替ではありません。
痛み・しびれ・炎症・外傷などの症状がある方、医師から運動制限を指示されている方は、実施前に必ず医師または理学療法士にご相談ください。実施中に体調の異変を感じた場合は直ちに中止し、医療機関を受診してください。
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