長内転筋の肉離れとクロスモーション|サッカーのキック動作から考える

サッカー選手に長内転筋の肉離れが多いことは、現場にいれば実感としてあります。

なぜ長内転筋なのか。バックスイングでのクロスモーション(骨盤と胸郭の捻転差)の破綻が関与しているのではないか、というのが私の仮説です。

先に断っておきます。

この仮説そのものは、まだ検証されていません。 ただし、それを構成する各パーツには、それぞれ根拠があります。

この記事では、どこまでが検証済みで、どこからが仮説かを分けて書きます。

対象読者: スポーツ現場に関わる理学療法士、アスレティックトレーナー


まず数字を押さえる

WernerらのUEFA損傷調査(2009)です。2001/02〜2007/08シーズン、23クラブ、計88クラブシーズンの前向きコホート研究。

項目 数値
股関節・鼠径部外傷 628件(全外傷の12〜16%)
うち内転筋関連 399件
腸腰筋関連 52件
発生率 1.1/1000時間(試合 3.5 vs 練習 0.6、p<0.001)
中等度以上(1週間超の離脱) 53%、平均離脱 15日
再受傷 15%

診断名は18種類に分かれましたが、内転筋関連が全体の6割超を占めます。次点の腸腰筋関連(52件)とは8倍近い差です。

そして試合での発生率は練習の約6倍です。最大努力のキックとスプリントが集中する場面で起きています。


なぜ長内転筋なのか

ここは検証されています。Charnockら(2009)の研究です。

NCAA Division 1の男子サッカー選手15名に最大努力のキックを行わせ、3次元の関節位置と筋活動を計測し、筋骨格モデルで長内転筋の筋長を推定しました。

スイング相を0〜100%として、何がいつ起きるかを並べます。

スイング相 起きていること
10〜50% 長内転筋が活動している
約40% 最大伸張速度 22.3±5.3 cm/s / 股関節最大伸展 23.3±8.8°
65% 長内転筋の最大長
80% 股関節最大外転 25.3±5.4°

著者らの結論はこうです。

長内転筋は、股関節伸展から屈曲へ切り替わる局面で、肉離れのリスクにさらされている。

読み方の要点は1つです。

筋が活動している最中(10〜50%)に、最も速く引き伸ばされている(40%)。 これは古典的な遠心性収縮下の損傷の窓です。ハムストリングスの肉離れと同じ構造をしています。

そしてその瞬間に一致しているのが、股関節の最大伸展(40%)です。

【補足】 正確を期すと、股関節外転のピークは80%で、長内転筋の活動が終わった後に来ています。つまりリスク窓と時間的に重なっているのは伸展成分です。外転は伸張の大きさには寄与しますが、タイミングは伸展のほうが一致します。

なお、長内転筋が伸展と外転で伸張されることは確かですが、回旋成分の寄与については見解が分かれます。 長内転筋を内旋筋とする記載も外旋筋とする記載もあり、股関節の肢位によって作用が変わるとされています。ここは断定しないでおきます。


クロスモーションは「キックの質」として測られている

次のパーツです。ここも検証されています。

ShanとWesterhoff(2005)は、全身の3次元モーションキャプチャで最大インステップキックを解析し、熟練者と初心者を比較しました。

得られた結論が2つあります。

  1. 上半身の動きが、より爆発的な筋収縮のための初期条件をつくる鍵である。 それが下肢の鞭のような動きを可能にする
  2. 蹴り足側の股関節と、非蹴り足側の肩の距離の時間変化が、キックの質を定量評価する指標になる

2番目を読み替えてください。

蹴り足側の股関節 ↔ 非蹴り足側の肩。 これは対角線です。

クロスモーションそのものが、キックの質の指標として測定されているということです。概念として存在しないわけではありません。

ただし、この研究が扱ったのは「質」であって、「傷害」ではありません。


仮説:破綻すると何が起きるか

ここからが未検証部分です。

【私見・未検証】 以下は、上記3本の知見をつなぐ推論です。この因果関係を直接検証した研究は、私が調べた範囲では存在しません。

バックスイングで起きていること

部位 動き
骨盤 蹴り足側へ回旋
胸郭 反対側へ回旋
結果 捻転差=タメ

この捻転差があることで、キック動作のタメが作れます。

骨盤回旋が出ないと

バックスイングで必要な「蹴り足を後ろへ持っていく量」は変わりません。骨盤が担わない分は、股関節が担うことになります。

骨盤回旋が出る 出ない
後方への振り幅の出どころ 骨盤+股関節 股関節のみ
股関節伸展 適度 過大
股関節外転・外旋 適度 過大
長内転筋の伸張 適度 過大
タメ 捻転差で作る 作れない/腕や体幹で代償

そして、その「過大な股関節伸展」が起きる瞬間は、Charnockが示したリスク窓(活動中の急速伸張、スイング相40%)と重なります。

これは投球と同じ構造です

このブログで繰り返し書いてきた話とつながります。

投球では、腕で「貯め」を作ろうとすると肩が壊れます。 捻転差で作るべきものを、末端の関節で作ろうとするからです。

キックでは、股関節で「タメ」を作ろうとすると内転筋が壊れる。 構造が同じです。

→「投球障害肩・SLAP損傷|腕で「貯め」を作らせないリハビリ


正直に書く:この仮説の限界

ここを飛ばすと危険なので、はっきり書きます。

個人のスクリーニングで鼠径部外傷は予測できていません

Moslerら(2018、AJSM)の2年間の前向きコホート研究です。カタール・スターズリーグのプロ選手438名、609選手シーズン。

疼痛誘発テスト、可動域、筋力の検査に加え、骨盤正面像と45°Dunn像による骨形態の評価まで行いました。発生した股関節・鼠径部外傷は113件(うち内転筋関連85件)。

論文タイトルがそのまま結論です。

筋骨格系スクリーニングテストと骨形態は、鼠径部外傷のリスクを持つプロサッカー選手を同定できなかった。

ちなみに、cam形態は71%の選手に認められています。「所見がある=リスクがある」ではありません。

可動域制限が先行するという報告はあります

Verrallら(2007)は、鼠径部痛の既往がないオーストラリアンフットボール選手29名を2シーズン追跡し、慢性鼠径部痛を発症した4名で股関節の総回旋可動域が低かった(p=0.03)と報告しています。

ただし著者自身が、「予備的な研究であり、臨床応用には注意が必要。対象数が少ない」と明記しています。発症は4名です。

だから、使い方が決まります

使い方 可否
「クロスモーションが出ていない選手は危ない」と予測する できません
受傷した選手の動作を分析し、再建の的を決める できます
再発予防の運動療法の根拠として使う できます

予測ツールではなく、再発予防と動作再建のための推論の枠として使ってください。


では何をするか

① 証明されていることを、先にやる

Harøyら(2019、BJSM)のクラスターランダム化比較試験です。

項目 内容
対象 ノルウェーのセミプロ35チーム、652名
介入 コペンハーゲン・アダクション1種目のみ、3段階の漸進
頻度 プレシーズン週3回(6〜8週)、シーズン中週1回(28週)
結果 鼠径部愁訴の平均有病率 13.5% vs 対照 21.3%
効果 リスク41%低下(OR 0.59、95%CI 0.40〜0.86、p=0.008)

1種目でこの数字です。

仮説の話をする前に、これは入れておくべきものです。動作の話は、これをやったうえでの上乗せとして考えます。

② 骨盤回旋が出ているかを見る

見るもの 方法
バックスイングでの骨盤回旋 後方からの動画。上後腸骨棘の前後位置の左右差
胸郭の反対回旋 肩のラインと骨盤のラインの角度差
蹴り足側の股関節伸展 骨盤の代償を止めた状態で測る
Shanの指標 蹴り足側の股関節〜非蹴り足側の肩の距離変化

動画は後方から撮ってください。 側方からだと、骨盤回旋と股関節伸展の区別がつきません。両者を合わせた「脚が後ろに行った量」しか見えないためです。

③ 支持脚を見る

骨盤回旋が出ない原因が、蹴り足側にあるとは限りません。

骨盤が蹴り足側へ回旋していくとき、支持脚は接地しています。骨盤は、支持脚の股関節が許容できる範囲でしか回りません。

局面 支持脚の股関節に必要なこと
骨盤が蹴り足側へ回旋 外旋方向の許容
切り返して前方へ回旋 内旋方向の許容

どちらかが制限されると、そこで骨盤の回旋が止まります。蹴り足の股関節ばかり診ていると外します。

これは陸上の記事で書いた「立脚期の骨盤回旋」と同じ構造です。

→「陸上の疲労骨折|再発を防ぐ応力の評価と左右非対称

④ 捻転差を作れる身体をつくる

要素 参照
胸郭の回旋可動性 →「猫背・肩こりを根本から改善する背中ストレッチ8選【理学療法士監修】
肋骨が開いていないか →「リブフレア(肋骨の開き)の改善
骨盤の回旋 →「陸上の疲労骨折|再発を防ぐ応力の評価と左右非対称

リブフレアがあると胸郭の回旋が出にくくなります。捻転差は「骨盤を回す」だけでは作れません。 胸郭が反対に回れることが対になります。


まとめ

論点 内容 検証状況
鼠径部外傷の主役は内転筋 628件中399件(Werner 2009) 検証済み
試合での発生率は練習の約6倍 3.5 vs 0.6/1000時間 検証済み
長内転筋は活動中に急速伸張される スイング相40%、伸展のピークと一致(Charnock 2009) 検証済み
クロスモーションはキックの質の指標 蹴り足側股関節〜非蹴り足側肩の距離(Shan 2005) 検証済み
その破綻が肉離れにつながる 骨盤が回らない分を股関節伸展が肩代わりする 未検証(仮説)
スクリーニングでの予測 可動域・筋力・骨形態では同定できない(Mosler 2018) 否定的
コペンハーゲン・アダクション リスク41%低下(Harøy 2019) 検証済み

仮説は、予測ではなく再建の的として使います。

そして、動作の議論をする前に、1種目で41%減らせるものを先に入れてください。


参考文献

  • Werner J, Hägglund M, Waldén M, Ekstrand J. UEFA injury study: a prospective study of hip and groin injuries in professional football over seven consecutive seasons. Br J Sports Med. 2009;43(13):1036-40.
  • Charnock BL, Lewis CL, Garrett WE Jr, Queen RM. Adductor longus mechanics during the maximal effort soccer kick. Sports Biomech. 2009;8(3):223-34.
  • Shan G, Westerhoff P. Full-body kinematic characteristics of the maximal instep soccer kick by male soccer players and parameters related to kick quality. Sports Biomech. 2005;4(1):59-72.
  • Mosler AB, Weir A, Serner A, et al. Musculoskeletal screening tests and bony hip morphology cannot identify male professional soccer players at risk of groin injuries: a 2-year prospective cohort study. Am J Sports Med. 2018;46(6):1294-1305.
  • Verrall GM, Slavotinek JP, Barnes PG, et al. Hip joint range of motion restriction precedes athletic chronic groin injury. J Sci Med Sport. 2007;10(6):463-6.
  • Harøy J, Clarsen B, Wiger EG, et al. The Adductor Strengthening Programme prevents groin problems among male football players: a cluster-randomised controlled trial. Br J Sports Med. 2019;53(3):150-157.

注意事項

本記事はリハビリテーションの一例を紹介するものであり、個別の症状や状況に応じた治療・指導を保証するものではありません。

本文中に明記したとおり、クロスモーションの破綻と長内転筋肉離れの関連は仮説であり、検証されたものではありません。 臨床判断の際は、その位置づけを踏まえてください。

掲載内容は一般的な例示に基づいており、すべての患者に適用できるわけではないため、実際のリハビリテーションプログラムの策定や実施にあたっては、必ず専門医や理学療法士等の医療専門家と十分に相談の上で行ってください。

なお、本記事の内容に基づく自己判断や独断での実施により生じた事故や健康被害について、当方は一切の責任を負いかねます。


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