投球障害肩に対するトレーニングは、種目の名前だけ並べても再現できません。なぜその種目なのかが決まっていないと、負荷や順序の判断ができないからです。
この記事では、SLAP損傷が起こる機序をたどったうえで、そこから逆算して種目を整理します。
対象読者: 理学療法士・アスレティックトレーナーなど、投球障害肩のリハビリに携わる専門職
SLAP損傷はなぜ起こるか
SLAP損傷(上方関節唇損傷) は、上腕二頭筋長頭腱が過度に牽引されることで生じます。長頭腱は関節唇の上方に付着しているため、腱に強い牽引がかかると、その付着部である上方関節唇が引き剥がされる形になります。
では、その牽引はどういう場面で生じるのか。
GH関節(肩甲上腕関節)の過度な水平外転と外旋です。ここで長頭腱に牽引ストレスが集中します。
つまり、リハビリの目標は明確です。GH関節に過度な水平外転・外旋をさせないこと。 ここから逆算して種目を選びます。
「貯め」を腕で作ろうとしていないか
現場で見ていて多いのが、腕で「貯め」を作ろうとする選手です。
early cocking で肘を過度に後ろへ引く。その状態のまま、MER(最大外旋)にかけて体幹が回旋して前を向いてくる。すると腕は置き去りのまま体幹だけが進むので、GH関節に過度な水平外転が起こります。
腕で貯めを作ろうとする
↓
early cocking で肘を引きすぎる
↓
MERにかけて体幹が回旋してくる(腕は後ろに残ったまま)
↓
GH関節の過度な水平外転
↓
上腕二頭筋長頭腱への過度な牽引
↓
SLAP損傷
だから、肘を引きすぎないことが大事です。
ただし「引くな」と指導するだけでは解決しません。選手は貯めが欲しくてそうしているからです。腕で作っている貯めを、別の場所で作れるようにする必要があります。それが捻転差です。
そして、腕を引かなくても済むだけの可動性を、胸椎と肩甲骨が持っていなければなりません。胸椎伸展・肩甲骨内転が不足していれば、足りない分をGH関節が肩代わりします。
整理すると、やるべきことは4つです。
| 何を | なぜ | |
|---|---|---|
| ① | 胸椎伸展をつくる | GH関節が肩代わりする水平外転を減らす |
| ② | 肩甲骨内転を働かせる | 胸椎の動きを肩甲骨が受け止める |
| ③ | 腱板の機能を上げる | GH関節の求心位を保つ |
| ④ | 捻転差をつくる | 貯めを腕ではなく体幹で作る |
① 胸椎伸展をつくる
胸椎が伸展しないと、腕を後方に引く動きをGH関節が単独で担うことになります。ここが動くだけで、GH関節が負う水平外転の量が減ります。
- ストレッチポール、ハーフポール、ダブルテニスボールでの胸椎伸展反復
- 肩バンザイでの胸椎伸展
- 体幹の伸展・側屈・回旋ストレッチ(投球側の外腹斜筋のストレッチになる)
- 右投げなら、左を立てて片膝立ち・右手バンザイ。側屈 → 伸展 → 骨盤を止めたまま体幹回旋
広背筋を外せない理由
胸椎伸展の課題として、広背筋のタイトネスは必ず見ます。理由は3つあります。
1. 肩甲骨下角に付着している
広背筋がタイトだと、肩甲骨を下方回旋・前傾方向へ引きます。これは、これから作ろうとしている肩甲骨内転・後傾・上方回旋と真逆の方向です。
2. 胸腰筋膜から下位胸椎・腰椎に付着している
胸椎伸展そのものを制限します。しかも制限された分を腰椎伸展で代償させるので、胸椎が動かないまま反り腰だけが強くなる、という形になりやすいです。
3. 内旋・伸展筋である
広背筋は上腕骨小結節稜に付き、肩の内旋・伸展・内転に働きます。ここが硬いままMERを取ろうとすると、外旋の可動域を他から探すことになり、GH関節の水平外転や腰椎伸展で稼ごうとします。
避けたい代償が、そのまま出てくる構図です。
- 広背筋リリース
- 正座でバランスボール転がし
- 肩屈曲と胸椎伸展を同時に出せるので、広背筋の伸張として使いやすい
② 肩甲骨内転を働かせる
胸椎が動いても、肩甲骨がそこに乗って動かなければ意味がありません。僧帽筋中部・下部線維の機能が要点になります。
- チューブのローイング:外転90°、zero position で Y字
- 肘を引かないこと。肩の水平外転が起こらないように実施する
- スカプラ T ⇔ Y
- スカプラ Y ⇔ W(棒を使用)
- cat dog
ローイングで肘を引きにいくと、狙っている肩甲骨の内転ではなく、GH関節の伸展・水平外転が出ます。投球で避けたい動きを、トレーニング中に練習してしまうことになります。
「肘を引きすぎない」という投球中の課題と、ローイング中の課題は同じものです。ここは崩さないでください。
③ 腱板の機能を上げる
胸椎と肩甲骨で環境を整えたうえで、GH関節そのものを扱います。
狙いは骨頭の求心位を保つことです。腱板が働いて骨頭が関節窩に対して安定していれば、長頭腱に頼らずに済みます。逆に求心位が崩れた状態で外旋・水平外転が入ると、長頭腱への牽引が増えます。
- cuff ex
- 四つ這いでの cuff ex:L字、1kg、膝を浮かせて実施
- 腹臥位でチューブ外旋 ex
- 立位で2nd内外旋 ex(チューブ)
- 立位でペットボトルを振る
- 壁に向かってボール push +回し:肩甲骨 protraction、zero position で実施
zero position を多く使うのは、この肢位が肩甲棘と上腕骨長軸が一直線に並び、腱板への負担が少ないためです。
④ 捻転差をつくる
腕で作っていた貯めを、体幹で作れるようにする段階です。
投球では骨盤が先行して回旋し、胸郭が遅れてついてくる。この時間差が捻転差です。「できるだけ胸を残す」という指導は、この捻転差を生み出すためのものです。
捻転差が出せていれば、腕を引いて貯めを作る必要がなくなります。ここが不足しているうちは、肘を引く動きは消えません。
柔軟性
- 側臥位で骨盤主働の反復
- ヒップヒンジ+回旋
- 体幹回旋ストレッチ:側臥位、膝立ち
- ウィンドミル
トレーニング
- 腹斜筋 ex
- ランジ+ウォーターバッグ回旋挙上
- 球速アップと体幹回旋の獲得を狙う
下肢:踏み込みを支える
捻転差を作るには、骨盤を先行させるだけの下肢の支持が必要です。
柔軟性
- 股関節伸展+外転+内外旋
トレーニング
- ボックスから着地 → 接地時間を短く、遠くへサイドホップ
- 中殿筋 ex
- 台からランジ:ウォーターバッグ突き出し−戻す(踏み込みの弱さに対して)
投球動作に近づける段階
ここまでで整えた要素を、投球の流れに沿って統合します。
wind up
- シングルスクワットしながら踏み込み脚をsideに滑らせる+手は2nd外旋位のまま
軸脚で支えながら踏み込み脚を出す動作を、上肢を2nd外旋位に保ったまま行います。手の位置を固定するのがポイントで、下肢が動いても腕で貯めを作りにいかない、という感覚をここで作ります。
cocking 以降
- スプリットスクワット+ウッドチョップ(ウォーターバッグ)
- ヒップヒンジ+バンザイ+体幹回旋 2.5kg
- 両脚、スプリット肢位で実施
- ランジ+ウォーターバッグ回旋挙上を高速で反復:zero position まで挙上
- 前鋸筋パンチ
- ウォーターバッグ(ミニ/大)でのフォームづくり
まとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| SLAP損傷の機序 | 上腕二頭筋長頭腱への過度な牽引 |
| 牽引が生じる肢位 | GH関節の過度な水平外転・外旋 |
| よくある入り口 | 腕で貯めを作る(early cockingで肘を引きすぎる) |
| 対応の順序 | 胸椎 → 肩甲骨(僧帽筋中部・下部) → 腱板(求心位) → 捻転差 |
| 広背筋を見る理由 | 肩甲骨下角・胸腰筋膜・内旋作用の3経路で邪魔をする |
| 見落としやすい点 | ローイングで肘を引くと、避けたい水平外転を練習してしまう |
種目そのものより、GH関節に何を肩代わりさせないかという視点で組み立てると、選択の基準がはっきりします。
注意事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療行為や診断・治療の代替ではありません。
痛み・しびれ・炎症・外傷などの症状がある方、医師から運動制限を指示されている方は、実施前に必ず医師または理学療法士にご相談ください。実施中に体調の異変を感じた場合は直ちに中止し、医療機関を受診してください。
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